白黒世界の天才少女、於之莹の成長記録

2018-06-08

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今日の主人公は、於之莹(よ しよう)さんです!
於之瑩
まさに史上最強の女性棋士の名を得た彼女の活躍は、欠けがえのない両親の愛情によって支えられたものでした。

今回は幼いころから中国、そして全世界の期待を背負った彼女の半生を描いた物語です。
では、お楽しみください。

白黒世界の天才少女、於之莹の成長記録

元の記事→於之莹:黑白世界天才少女成长记
編集責任者:贾志强
作者:王磊 王海涵
掲載:中青在线
2018年1月29日

於之莹
対局中、彼女は冷静に考え、静かに石を打ちおろす。

そして厳しい表情をしている。
これで世界チャンピオンの仲間入りである。

彼女は青春真っ盛りの可愛い女の子であるが、その腕前は巧みで、上品な様子であった。

彼女は於之莹、20歳の江蘇省無錫市の女の子だ。
囲碁ファンやメディアから『天才囲碁少女』『女性の英雄』と言われている。
現在於之莹は上海経済大学新聞雑誌編集学科の二年生だ。

於之莹の才能が光り輝く

於之莹
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他の人には味気なく見える盤面が、彼女の天性を発揮する戦場だ。

2003年、五歳の時に於之莹は両親に囲碁を習いに行かされた。
原因は簡単である。
彼女は小さいころ、特にやんちゃだったからだ。

両親は彼女に『静かに』なって欲しかった。
この合理的な行動が、於之莹の囲碁の才能を開花させた。

半年ほど習って、於之莹は市の男子の大会に参加するようになった。
囲碁を習って一年経った頃には、彼女は男子の大会で2位の成績を収めた。

『小さい頃はいつも勝てて楽しかったです。囲碁を始めて間もなくして、自分より年上の人や囲碁歴が長い人にも勝てるようになったんです。』

その時の於之莹の思考は単純なものだった。
試合で勝つことが自分に達成感与え、そのため囲碁を打つのが好きになった。

昼間は幼稚園に通って、夜は囲碁の授業を受ける。
2時間の授業が毎週二回だ。

それから両親は於之莹を河南へ行かされた。

囲碁の集団訓練に一年参加するため、彼女は一年間休学し、父親が勉強の補修を行なった。

『あの時は囲碁の相手はみんな自分より年上の男の子でした。
基本的にあまり勝てませんでした。』

しかし於之莹は負けても落ち込まなかった。
於之莹
2009年、12歳の於之莹は江蘇省の代表として成都に向かい、全国大会へ出場した。そして彼女は二冠を達成し、初めて中国国内で頭角を現した。2010年から、於之莹は正式に国家チームへ所属し、さらに専門的な訓練を始めた。当時、彼女は国家チームで最年少の女子部員だった。2番目に年下の人でさえ、彼女より5歳年上だった。

訓練、強い人の対局を見ること、国家チームの巨匠から学ぶことが、彼女の毎日の必修科目となった。

囲碁の天才が背負うもの

於之莹
どの天才の背後にも1つ2つの犠牲がある。

2005年、於之莹が8歳の時、両親は彼女を北京へ送り、道場の訓練に触れさせることにした。於之莹は『北漂』(日本でいう上京)について全く知らず、わけもわからずに付いて行った。このために父親は仕事を辞めて北京で仕事を探し、於之莹の囲碁の勉強に付き添った。

一年後、彼は『専任講師』として娘の指導につき、これは5年続いた。

於之莹は10歳くらいのとき、お昼に負けると機嫌が悪くなって
夜に先生と検討する時全く聞き入らず、ずっと友達と教室でお喋りしていた。

これが父親に知られ、家に帰るとこっぴどく叱らた。
彼女は萎縮してずっと泣いていた。

『毎日毎日囲碁を打っては検討し、先生からの課題をこなします。多くの時間は自分で囲碁を打ち、先生から教えてもらうのは3、4時間でした。1日に二局打つなら、午前と午後で一局ずつです。今思い返してみると、あの時は本当に辛かったです。』

父親は苦しんで囲碁を学んでいる娘に、週末はコナンなどのアニメを見せてあげた。
於之莹はいつも一日中見ていた。
いつもは道場が終わるとついでにバドミントンをした。

プロへの扉を開く

於之瑩
2010年、於之莹は入段を達成する。

あの年は全国から選ばれた強豪が21人が集まり、うち女性は3人。
11局の対局をした。

於之莹が負けたのはたった2回、最後にはプロ棋士の仲間入りをすることを達成した。

『あの時の入段試合はちょうど休暇中で、実家に帰った時でした。私は遠くにお母さんが花束を持って私を待っているのが見えました。』

於之莹は、厳しい母親だけどあの時はきっと喜んでいただろうと思った。

2011年、於之莹は初めて世界戦に参加した。
当時世界女子囲碁界トップの韓国プロ、朴智恩に敗れた。

2012年の穹窿山兵聖杯世界女子囲碁選手権で、於之莹は朴智恩に勝って準決勝進出を決め、リベンジに成功した。2015年の穹窿山兵聖杯世界女子囲碁選手権では於之莹は再び朴智恩に勝ち、世界チャンピオンの座を手にした。

彼女はたまたま、微博(中国版Twitter)で奇妙なアカウントからフォローされたのに気づいた。
そし彼女が世界戦で優勝した時、そのアカウントから大体の意味で『私の娘は成長した』という意味の登校がなされた。

於之莹はいつも微博をそんなに気にせず、てきとうなアカウントを作って大会のニュースを見ているだけだ。
さらに、これまで一度も投稿したことがない。

同じように、彼女は自分の母親も微博で遊ばないと思っていた。

『母は表面上は私に関心がないような素振りをしていたけれどずっと静かに自分の娘を応援していたんです。
お母さんはどうやって私のアカウントを探し出したんだろう?
私は本当にわからないです。』

あの投稿を見た瞬間、於之莹は母親の親心を理解した。

囲碁の世界で活躍する女性

中国の女性棋士たち
どの女性棋士も英雄だ。勝ち負けなんてとっくに重要ではない。

2013年9月、於之莹は穹窿山兵聖杯世界女子囲碁選手権で初めて決勝に進出し、国家チームの仲間である王晨星に敗れた。

2013年のある勝ち抜き戦で於之莹は6連勝を収めたが、第七局で時間切れという『低レベルのミス』によって韓国の崔精に敗れた。
その時は碁盤の前で泣いてしまった。

2015年の前半はずっと、於之莹は試合で全然勝てなくなった。誰と対局しても全て負けた。

『あの数年は自分は特に負けず嫌いでした。負けるたびに失望していました。でも両親は私を強く攻めることなく、そのあと私の調子はだんだん良くなってきました。』

徐々に、於之莹は『負けた日が無駄になることはない』という信念をもって試合に臨むようになった。
緊張して負けた試合も、緊張せずに打った試合には及ばない。

『負けを恐すぎることは負けやすくなる』

現在、於之莹は勝負に対して淡白になった。

性格が柔らかくなったことなども起因し、戦績もゆっくりと良くなってきた。
於之莹
そしてメディアや囲碁ファンの言うことを気にしすぎることなく
碁盤の前で泣くこともなくなった。

『囲碁を学ぶ子供について、囲碁が1つの趣味であっても棋士を目指す道であっても、囲碁を学ぶことは良いことです。この道は苦しいけれど1人の女の子をこんなにも理性的にしてくれて、男の子にとっても己を鍛えると言う目的を達成できるのです。』

『囲碁などのマインドスポーツについて、女性は男性に対して不利になり得ります。女性はやや感情的なのに対して男性は思考回路が活発で、大局観に強い。女性は深く考えることが苦手なようです。』

於之莹は、自分があるときすぐに感情的に行動してしまうことを教えてくれた。
しかし事実と道理をはっきり認識することで、これはすぐに変わった。

好きなものを見つけても、すぐに買ったりしない。
それからずっと気にかけては直接買いに行く。
心の中の石がやっと打ち下ろされる。

『私もかつては男性棋士に試合で勝つことが1つの目標でした。1つの期待でもありますね。でもそれは決して達成しなれければならない任務ではありません。男性棋士に勝つことは簡単ではないけれど、だからこそ勝った時はすごくワクワクするんです。』

於之莹に言わせれば、全ての女性棋士は英雄なのだ。

みんな国家のために、棋士の名のために、自分のために、家庭のために
戦っているのだ。

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おわりに

いかがでしたか?

大きな逆境を経験した時、人は必ず成長します。
彼女は、囲碁を通して人はこんなにも成長できるんだということを私たちに教えてくれました。

そんな彼女の想いは皆さんに伝わったでしょうか。

マインドスポーツ全般で男女の差はハッキリとついています。
女性のほうが不利であるのは言うまでもありません。
しかし、真剣に打ち込めば性別なんて関係なく成長することができます。

勝ち負けを意識しすぎず、冷静な気持ちで対局に臨むこと。
彼女が導き出した答えは、今も彼女の一手一手を支えています。
马小曼

さいごまで読んでくださってありがとうございます。
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